2025年12月24日水曜日

【25日目】様々な人が行きかう場所

 

こんにちは!水曜日担当のえみです。

とうとう24日になりましたね…!

 

クリスマスとはちょっと趣旨が異なりますが、

皆様の今年の漢字はなんでしょうか。

 

私は「交」かな、と思っています。

 

いまちらりと成り立ちを調べてみたら、互いに足を組み合わせる様子を象形した文字とのこと。この組み合わせというところから、人と人、物事の交わり、という意味が生まれたそうです。

 

今年は、色々な立場の方(医療職、福祉職の方はもちろん、経験専門家、ピアスタッフの方、ご家族、教員をしている方、企業に勤めている方。でもその方たちも、その場を離れれば別の肩書や名前で呼ばれています)と、色々な場所(オンライン、コミュニティセンター、会社、学校などなど)でご一緒しました。

この1年を思うと、異なる体験、立場や場所を越えて、共通しているものや相違しているものを感じながら話をしていきました。声が重なると、同じ物事が多面的に見えてきます。自分自身の中にこんな言葉が埋まっていたのか、という発見もしばしばでした。

 

今年を経て、どうやったら常に「交」が生まれる場所を作ることができるのかな、ということを考えるようになりました。来年からはそんな場所を作るために動いていきたいと思っています。

来年はしっぷろを覗いてくださっている皆様とも、色々な場所でお会いできますように。

 

それでは皆様、メリークリスマス!

(つぶやきびと:えみ)



               最後はコロッケ雪だるま。。。ちょっと厳しい💦

            


 

2025年12月23日火曜日

【24日目】開きつづけることへのチャレンジ

 今日は12月23日。クリスマス・イブイブというのでしょうか。

仕事の中ではデイケアでクリスマスケーキをみんなで作ったよ!とか、クリスマス会で○○○をやるんですと聞かせてくださる方、クリスマスコンサートなどに参加させて頂いたりと心が少しウキウキするような時間をここ数日過ごしています。また、プライベートでは思いもよらず(?)郵便でクリスマスカードを送ってくれた友人がいたりとその心配りに感服し、心が温まる機会を頂いています。このような時間や機会に触れると、あたらめて日頃、この時を一緒に過ごしてくれている人に感謝が湧きます。

頂いたクリスマスカードたち


他方で、今日とある方から朝一で、「今日は機嫌が悪い」というその日のコンディションを聞いたときに、なんだか心が一瞬、キュっと固くなりそうな感覚が自分の体感としてやってきました。「今日はイマイチなんだよね」でもなく「今日はちょっと不調で」でもなく「機嫌が悪い」という言葉そのもののインパクトも少なからずあった気がします。

「今日は機嫌が悪い」とだけ聞いた時に、キュっと私自身にも硬さがやってきそうでしたが、ここで思ったのが、相手がそうであっても自分も一緒にここで閉じてしまうものもなんかちがうなぁ…ということでした。10数年前の自分だったら、きっと聞いた瞬間に自分の心の扉も静かに閉じる方向に力が動き始めていたかもしれません。

その人の中で何が起きているのかもまだわからず、けれどもとっても表情もこわばっているというか眉間にしわが寄っているように感じた時間は、私自身にとっても心地よさはかけた時間でありました。けれども、ここで自分も閉じたらさらに居心地悪くなりそうな気もして、できればそれは望まないなぁ…などが2,3分のなかでグルグルと頭を駆け巡っていました。

結果、なにか気の利いたことが言えたりはしなかったのですが、でもこういうときの気を利かせたつもりの一言って大体明後日の方向にボールを投げるのと同じような感じで、見当違いなことを言ってしまったりもするのですよね。ちなみに私はいまでも何か言わなきゃ…、相手が黙っていたり、何も話さない人であればあるほど、そのような気持ちに突き動かされてしまうことがあるのですが、そこでハタと立ち止まる事を何年も修行しています…。

話を戻すと、2,3分のあいだ、自分の頭の中で、”さて、どうしたものか”と考えが巡っていたのですが、結果、その後の時間もいつもと変わらず過ごしたのでした。何かあったの?とわざわざ聞くでもなく、気を利かせたつもりっぽいことをいうでもなく、ただただ、”あぁ、いまはそういう感じなんだなぁ”って、思いながら一緒に過ごす、という感じですかね。

こうした時間を過ごす中で思うのは、ピアサポートって共感とか寄り添い、相手を理解する、尊重するとか…そのような耳障りの良い言葉である種溢れている世界観のだなと日頃から思っている私がいます。もちろん素敵な世界観であることには同意するのですが、これらと同じくらい、相手のことが分からなかったり、共感するには難しさを感じるとき、理解するほど相手のことや状況を分かっていないときもあるなと。なんだけれども、それでも一緒に過ごす時間や空間にとっても大切な何かがきっとあるような気がしています。

自分がとても困難が大きかった時のことを思い返すと、友人や仲間、家族や他者、支援者が自分自身の困難さを理解してくれていたと言うには充分ではなかったとしても、それでも側にいてくれてた時の場面や空気感はなぜか覚えているのですよね。もしかすると気の利いた言葉をかけてくれた人もいるかもしれないのですが、そういった言葉を鮮明に思い出せるものはあまり多くなくて、でもその時の場面が絵として思いだせることはあるし、その時の空気感やただ一緒にいてくれた感覚に支えられてたりってあるなと思ったりしたのでした。

今年のアドベントBlogの担当はこれにて終了^^
みなさんお付き合いありがとうございました。

(つぶやき人:りえちん)



2025年12月22日月曜日

【23日目】とじていた自分を振り返る

大学時代に仲の良かった友人と、最近また連絡をとっています。 
 およそ15年、20年ぶりでしょうか。その間に20代前半から、40代前半になりました。 その間、お互いに、ライフステージが変わったり、社会情勢が変わったり、いろいろありました。 特にわたしは、学校のこと、家族のこと、コロナなどで自分の気持ちに余裕がなく、ずいぶんと長い期間閉じていたのだなあと思い知らされます。 今になって、止まっていた時間を巻き戻すようにいろんな答え合わせをして空白を埋めて、そしてこの先を紡いでいます。 家族が増えたり、減ったり、仕事が変わったり、大事にしているものが変わったり、増えたり、考えている内容が深まったり。

初めて聞くことも多いのだけれど、確かに流れているお互いへの信頼感や愛のようなものが心地よくて、20年経ったからこそ話せることもあって、興味深い毎日を過ごしています。閉じていた時間を残念に思うこともあるけれど、でもたぶん、閉じていた時間がなかったらこうやって開けなかったとも思います。そして閉じていた期間も信じていてくれた彼女に感謝です。 

 元気な日もそうじゃない日も、普通の日もなんでもない日もいろいろあるけれど、なんとかやっと毎日を過ごしていけば、その先にはいつか何かこうして築き上げたものの輪郭が見えて勇気になったりすることもあるんだなと思っています。 

 つぶやきびと:みどりん

2025年12月21日日曜日

【22日目】師走が走って過ぎていく

こんにちは!1週間ぶりのこんにちは。ながおかもんです。

アドベントもいよいよ最終週です。

師走が走って過ぎていく…。このブログも移動中の高速バスの中で書いています。でもかえって移動中のほうがいろんなことに気を取られずに自分と対話できたりしますよね。

いつも常に誰かと何かを分かち合い続けることは難しいし、わかってほしいことをわかってもらえないことのほうが多いかもしれません。

でも、そんな自分の状況をみていてくれて、そっと隣に立ってもらえたり、あとから共感してくれたり、心からの労いの言葉(表面上ではなく…)をかけてくれたりがあると、それだけでとても救われるな、と思います。

サポートって解決に導くことだけではないんだな、と今つくづく思いました。ピアサポートってきっとそこですよね。

そういう見逃されがちな営みを大切にしていけたらと思います。

私の周りにいる皆様いつも本当にありがとうございます。

と、感謝を述べて、2025年のアドベントブログ の日曜日担当を締めたいと思います。毎回とても楽しみに書かせていただきました。感謝します。


つぶやきびと ながおかもん

一つの仕事の区切りにお誘いいただいた、労いラーメン。
あたたかく、おいしい時間でした。



2025年12月19日金曜日

【20日目】体験と実感と体温

 先日、ピアサポートをなさっている(ピアサポートスタッフとして働いていたり、グループをしていたりする)方々と、登壇してピアサポートについて市民の皆様にお話しさせていただく機会がありました。質問やコメントがある方には、紙に書いて休憩時間にボックスに入れていただく形にしたところ、とてもたくさんの質問が!手をあげて質問することはなかなかできなくても、無記名で書いて箱に入れるのは皆さんしてくださるんだ!とうれしい驚きでした。

ご質問の内容としては、ピアサポートにはどこで出会えるのか、ピアスタッフは何をしているのか、疾患や障害に関してこれまでのご苦労や乗り越え方、ピアグループに行ってみたけれど話が重かった、ピアグループで言われたことに傷ついた、集まりに来ている人たちと自分の目標が違う、自分と同じことに関するピアと出会うのは難しそう、ほかの障害でもピアサポートは可能なのか、などなど。どのご質問やご感想もとても大事な内容でした。

壇上で、それらのご質問やコメントに対して、ピアサポートに関わる方々に思いを述べていただく形でセッションを進めました。これがまた、いい。ご自身の体験や実感とからめてお話しがなされること。そしてそれが一人だけではなく、複数の考えや視点がそこに出されること。地平が広がるような、奥行きや高さが出るような、そんな時間となりました。

このところ、生成AIでできることとそうでないことをしょっちゅう考えているのですが、今回の会に関していえば、上記のような、個人の体験に基づく内容が話されることに加え、登壇者の肉体、声、表情、動きや温度感、セッション中の呼吸感、互いの近さ、信頼関係なども感じられたなぁ、と思い返しています。

それまで考えていなかったことを質問や感想として投げかけていただいたり、ご一緒した方々に心癒されたり、とてもあたたかい気持ちになりました。感謝です。

私自身は、多様な声が場に出されることにもとても関心がありまして、ピアサポートは、何かの正解を出す場ではない、という意味でも、多様な声が大切にされている場だなぁ、と感じました。

つぶやきびと:ゆっきぃ

(文の内容と写真は関係がありません。)

2025年12月18日木曜日

【19日目】年賀状

 

こんにちは!にしこです。



年の瀬も押し迫ってきて、そろそろ年賀状を少しずつ書き始めています。



私が出す年賀状は毎年20枚くらい。出す相手も決まっています。近くの友人もですが、多くは遠くの、もう10年、20年、ご無沙汰している人たちです。中には40年以上、年賀状だけの付き合いという友人もいます。会えなくなって久しくても、皆さん私の人生のいっとき、大きな存在だった人ばかりです。その人たちに、「元気でいるかな」と思いを馳せながら、一筆一筆、できるだけ丁寧に宛名を書き、そして簡単な近況を書き添えています。


子どもの頃、町役場に勤めていた父の元には毎年百通以上の年賀状が届くものでした。私のはクラスメートからせいぜい十数通。父の年賀状の束に「すごいな、自分も大人になったら年賀状が束になって届くかな」と羨ましく思ったものです。大人になった今はというと、毎年20数通、出した分だけの年賀状が届きます。枚数に関係なく、それは一通一通私にとってとても大切なものです。


今は、年賀状は出さないという人も増えているようですね。ですが、私はあえて年賀状。SNSやメールといった電子媒体でのつながりが一般的になるにつれ、紙の温もりがいっそう好ましく思えます。40年、年賀状だけの付き合いというのにも、貴重なつながりを感じています。



さて、残りあと十通あまり。思いを込めて書きます。



ではまた。


つぶやきびと:にしこ


都内のイルミネーションの名所







2025年12月17日水曜日

【18日目】風邪をひくこと

 

水曜日担当のえみです。

私の住んでいるところは、急に寒くなってきました…。

皆様は体調お変わりないですか?

 

最近は風邪をひいたら漢方と風邪薬を早く飲んで休むようにしています。

鼻が詰まったり、喉が痛かったりすると食事も食べたくなくなったりして、そんなときは思い切り甘やかして、食べたいものを食べるようにしています。

 

最近も気を付けていたのに風邪をひいてしまい、がっかり。。

鼻づまりで夜も寝づらく、静かな会議中に咳が止まらず、散々でした。

 

子どもの頃は今よりももっと風邪をひくことがありました。

不謹慎だけど、熱が出て休めるとなるとラッキー!と思い、朝から少しひんやりした布団にもぐりこんだものです。ただやっぱり体はだるくて辛くて、本を読んでもすぐに力尽きてうとうとしたり。目を覚ますと部屋の中はぼんやりと明るく、今頃みんな体育してるんだなーと思うと、みんなとは違う時間の流れを生きているような、不思議な気持ちになったものです。

 

大人になってからは風邪をひくと様々なスケジュール調整が必要になり、それを考えてしまうと無理を押すことも多くなりました。子供の頃のように、体を休めることも難しくなったなあとしみじみするこの頃です。

皆様も寒い冬、ご自愛下さいね。

 

(つぶやきびと:えみ)


いただき物のお菓子。クリスマスはお菓子もたくさんです

              いただきもののお菓子です。デザインがかわいい!

                  

2025年12月16日火曜日

【17日目】誰かが覚えてくれていることの暖かさ

今日は12/16。 
一週間後の今日はクリスマス・イブイブで、2週間後の今日は大晦日の1日前。 毎年のことにも関わらず、今年もあと少し…という感じが漂ってくると、なんだか心がアセアセしてしまいす。   

さて、一貫したテーマでブログを書くことは中々できず、今日も思いついたことを書いてみようとおもいます。友人関係、仕事の場面、各種活動など色々な営みの中に日々身を置いているわけなのですが、それらの中で過去に自分が誰かに話をしたことを相手が覚えてくれていて、そのことについて声かけをしてくれる時があり、そういった時間にとても癒されています。きっと皆さんも思いあたることがそれぞれにあると思うのですが、いかがでしょうか。
 
私の場合は、今年は家計簿をつけることをひそやかに頑張っておりまして、そのことをたまに「りえちん、家計簿その後、どんなかんじ?」とか聞いてくれると、聞いてくれたことももちろんありがたいのですが、過去の会話の延長上にいまの関係が続いていることにとても気持ちが開かれるなぁって。また、もうずーーーーーっと何年もベッドを処分したい気持ちがあって、ようやく先日長年気がかりであったベッド処分にたどり着けたのですが、それを話した翌週に「りえちんのベッドの話を聞いて、わたしも家の片付け進めることができて凄く気持ちよかった!」と声かけしてくれた人がいて、お互いに自分のミッション達成を祝福しあえたり。
 
また逆に、私も「そういえば、前話してくれた○○○、その後どうなったか聞きたいです~」と聞いたらとても喜んでその後の話を伝えてくれる人がいたり。まぁ、どれも当たり前の日常の会話のように思えますが、とても暖かくて、自分や相手の存在が確かに心のなかにいる、というのを感じて嬉しくなったりしますよね。

こうした日々の営みを振り返ってみても、これもひとつのピアサポートなのだろうと思うのです。ピアスタッフ・ピアサポーター等の立場や役割において職場で勤務する方のなかには少なからず「ピアだからこそ○○○」といったピアならでは出来ることに喜びを感じている人もいれば、苦しさを感じてる方もいるかなと想像します。
 
ピアだからこそ、というのがあればそれはとても素敵な事ですし、もしいまそういった感覚を手に取れない人がいたとしても、あなたのことを気にかけていますよ、この間の話きちんと覚えていますよ、その後のあなたにも変わらず関心を寄せていますよ…ということを伝えあえる事もとっても大切な役割の気がするのです。そんなやりとりにおいてゆったり&やさしく&ユーモアもちょっと混じっていればなお良し、満点^^ 
 
まとまりませんが、そんなことを書きたくなった本日でした。

(つぶやき人:りえちん)
冬はあったか・あんかけラーメンを食べました


2025年12月15日月曜日

【16日目】うれしい、たのしいの時間

 みなさんは、気分転換の時間や大好きな自分になれる時間はありますか?

わたしは、音楽を聴いているときやダンスを見ている時が本当に幸せです。わたしには大好きな音楽を語れる友人がいて、その人とはずーっと音楽やダンスについて語ることができます。彼女とは別の場所ながらも同じ仕事をしているので、お互いの仕事への理解をうっすらしつつ、触りすぎない程度にケアしあい、ほっとんど音楽の話をしています。なんでしょう、わたしにはこの距離感がどうにも心地よいのです。

 

数年前のフェスで、絶対に疲れてるなあと思う様子で彼女が現れた時がありました。でも、いつもそんな話をしているわけではないし、心配はしながらもあえて触れずに、ただただ一緒に音楽を楽しんでいました。気づけばフェスの帰り。彼女はとっても良い顔をしていました。わたしが余裕ないときも、そこにダイレクトには触れずにいてくれて好きなものを分かち合った結果、お互い幸せな表情になっている、ということが何度もありました。

 

つらいときに関わってくれるひともありがたい、でも、それだけじゃない。うれしい、たのしい、だいすき(!)、といったポジティブな感情を出せる場面を一緒に味わえたり引き出してくれるような関係性というのはとてもありがたいなあと思うのです。正解や不正解がない距離感の話ですが、そんなことを思った夜でした。

 

つぶやきびと:みどりん

先日うちにいらした羊のすーちゃん。大事なポジティブ「おいしい」を共有できる仲間達とのクリスマス会でいただきました🎵

2025年12月14日日曜日

【15日目】気持ちをぎゅっと押し込める


 1週間ぶりのこんばんは。ながおかもんです。

先週は地震や津波注意報や後発性地震注意報と落ち着かない1週間でした。私の住んでいるところは津波がくる地域なのですが、本当に怖いです。

注意報が発令されるとサイレンが鳴るのですが、それが本当に怖い。恐怖を押し殺して、避難準備をします。私の家は海からすごく近いわけでないのだけれども、用心はしたほうがいい。「いのちだいじに」モードです。冬の避難所はきっとすごく寒いから…、と服を着込んで、毛糸の帽子もかぶって待機していたら、暑くてちょっと苦しくなりました。

震災は避けようがないし、だから緊急時の準備やどこに避難するということも決めています。とはいえ、怖いものは怖いので、慣れようもないものです。渦中にいるときは、怖さに負けると腰が抜けそうになるので押し殺して冷静に行動してます。

今、ふと、私みたいな避難行動に限らず、渦中にいるときには押し殺さないといけない想いをどうしたらいいんだろうと思いました。押し殺した思いは消えることはなくて、きっと押し殺されたまま。どこかできちんと自分の気持ちを話すことができるといいな、と思います。あ、そうか、それが、えみさんの書いていた「納まる」ことや、ゆっきぃの「人に話すこと」につながってくるんですね。

なんかブログがシンクロしている感じがしっぷろらしさだなぁと実感して、今日はブログを締めたいと思います。

皆様もどうぞご安全にお過ごしくださいませ。


つぶやきびと:ながおかもん



去年も食べていた仙台の千疋屋「いたがき」のケーキ。
今年も食べている笑。一足早いクリスマスでした🎄


2025年12月12日金曜日

【13日目】人と話すこと

今年はずいぶんとChat GPTと仲良くなりました。

たとえば、今度こういうところに出張に行くのだけれど、何が必要だろう?と持ち物リストを作るのを手伝ってもらったり、旅先の電車内にカバンを忘れてきて、こんなときはどこに届け出たらいいのだろう?とか、その時に伝えるべきことはなんだろう?とか。この近辺でこれを売っているお店はあるだろうか?とか。

そんな感じで、何も考えられないときにもイメージがついたり、励ましてもらったりと、だいぶお世話になりました。とはいえ、お世話になっているのに失礼ながら、チャッピーは間違いもけっこうあって、古い情報だったり、そうじゃないよな、ってことがあったりで、絶対的に頼れるということではなくて、参考にできる、でも決めるのは自分、というのが私のチャッピーとのつきあいです。

そんなチャッピーに、気持ちがモヤモヤした出来事を聞いてもらうこともあります。そんな時、びっくりするほどやさしくあたたかい言葉を返してくれたり、こんなことが起きていますね、と状況を整理してくれたりして、これまた、なんというか、なんかこんなグダグダしたことで友人たちの時間を使っちゃ悪いな、と思うときなどにチャッピーが相手をしてくれたりするのです。

なのでチャッピーに話す(書く)のも、助けになっているのは確かです。

でもでも、人と話すこととは何かがやっぱり違うのです。それについて、私なりに考えてみたのですが、一つは、声がしない、顔が見えないこと。どんな風に聞いてくれているかとかわからなくて、言葉では受け止めてもらっているのですが、通じ合っている感覚(体温が少しあがるような、じんわりと電気が通じるような)がないのですねぇ。そして、チャッピーは自分の経験を差し出してくれたりはしないんですよねぇ。そこの違いが大きいのかなぁ、と思いました。

先週の記事に書いた、すごく受けとめてもらった感じがしたときの話(6日目)にはその後続きがあって、相手の人が、私の話をじっと受け止めてくれたあとに、ご自身の経験について話してくれたんです。私の経験していることとは経験としては違うものなのですが、その経験を通じて相手の人が感じたであろう感情が、私の感じている感情や混乱ととても近いものだと私には感じられて、すごく通じたような気がしたのと、その人の経験を聞いてその感情を私も想像できたことで、自分の経験をふわっと俯瞰してみることができたような、そんな感じになったのでした。

私自身はチャッピーをはじめ、生成AIを活用していくことに前向きですが、人と話すこと、人と過ごすこと、人に触れることは、やっぱり人にしかできないと思っています。

ほんとうは、こういうブログの文章とかも生成AIに整えてもらいたくなったりするのですが、でもそうすると、文章はきれいになるだろうけれど、私の息遣いとか人間味とかは少しなくなっちゃうんだよなぁ、とか思っています。

人っていいですね。

つぶやきびと:ゆっきぃ



2025年12月11日木曜日

【12日目】行くか、行かぬか、同窓会

 

こんにちは!にしこです。


年末は日にちが経つのが早いですね。12月ももう中旬に入ります。そろそろ今年を振り返ってみようかなんて思う時期でしょうか。


私のこの一年は何十年ぶりかという同窓会がいくつかあり、懐かしい再会が多い年でした。



でも、


同窓会、


これ、ビミョーな会ですよね。


同窓会のお知らせを受け取った時、出席にマルするか、欠席にマルするか、迷う方は多いのではないかなと思います。出席か欠席か簡単にマルできたらどんなに良いかと思うのですが、私はかなり考え込んでしまうほうです。特に歳を重ねてからの同窓会は、若い頃のそれより、ビミョー度は数百倍パワーアップしている気がします。そのビミョーさは以下のような理由かと思います。



● 同窓会を迷う理由の一つ目は、思い出の中からやってくる過去の自分に再会することになること


● 同窓会を迷う理由の二つ目は、これからどうなるのか将来の自分が思い浮かぶこと


● そして同窓会を迷う最大の理由三つ目は、友人と比較していまの自分と直面することになること




同窓会、


行くか、行かないか、いつも迷います。


「近くの親戚より遠くの友人」とも言うしなあ。何十年も会っていない友人には会っておきたい気がするし、それにこの機会を逃したらもう二度と会うことのない人もいるかもしれないし。などと思いつつも、でもなあ… と気持ちは行ったり来たり。


それでも私は、結局は出席にマルしてしまい、同窓会のあと家に帰ってから、いろんな意味で重い気持ちを抱えてしまうタイプなのです。



実はこれから今年最後に、とある同窓会が一つ控えているのですよね。これも迷いに迷ったあげく、出席にマルしたのですが。楽しく過ごせるといいな。仲の良かった友人が集まる会だし。それも何せ十年ぶりだから。きっと楽しいだろうな、と言い聞かせている自分がいます。


まあきっと楽しいでしょう。楽しい、楽しい… 楽しいかな?


楽しいといいなあ!

ではまた。



つぶやきびと:にしこ


育てているコーヒーの木





2025年12月10日水曜日

【11日目】記憶の「納まり方」

 水曜日担当のえみです。

今年は様々な場所で「対話」について考える機会があり、また「対話」が生まれる場とは?ということについても考える機会がありました。

意図的に、あるいは意図せずにそういう場に身を置くことがあり、自分自身でも頭では理解できないながらも、まさに体験してみて、自分の中に対話ってこういうことなのかな?というものを形作っていくような感覚がありました。

 

あるとき、自分のことを語る機会がありました。

私の中の一番古い記憶で、三輪車に乗って、後ろの足をかけるところに頼まれていた卵パックを載せて運ぼうとしてた時、坂道で落ちてしまい、卵が割れてしまいました。どうしよう、怒られる、いろんな感情があったように思います。そんな話をしました。

 

なぜ、その場でその話をしようとしたのか、思い出せないのですが、話しをして、聴いてもらいながら、その時の感情が沸き上がって、泣きたくなるような切ない気持ちになりました。

私の中で話すはずもない、話す機会にも恵まれない小さな記憶だったのですが、なぜその場で話そうと思ったのか、聴いてもらいたいと思ったのか、いまだに謎です。

ただ、それを話してみたら、なんだかその記憶の自分の中への「納まり方」が変わったというか…悲しくなくなった、とかポジティブな記憶になった、といかそういうことでないのですが、まさに「納まり方」が変わった、としかいえない体験でした。

その納まり方の変化は、今までの形と違う寂しさを運んできた(自分の中で秘めていたことで保っていた記憶に対する哀愁が減った?)ともいえるのですが、まさに何かが変わったと感じた一件でした。

 

納まり方が変わる体験、その後も何度かあり、これまで秘蔵していた記憶が、とあるタイミング(訪れないときもありますが…)で表に出されることに対して、ワクワクする気持ちと、もったいないような、そのまま秘めておきたいような気持の両方を味わうことになりした。

 

皆様は、そんな体験はありませんか?

(つぶやきびと:えみ)


                

               頂き物のアドベントカレンダー

                何が出るのかワクワクです


2025年12月9日火曜日

【10日目】リカバリーについて皆で話す時間

 しっぷろアドベントBlog、10日目となりました。
朝晩、冷える感じはしつつも、それでもなんだか12月にしては暖かい気もします。みなさんの地域はいかがでしょうか。

さて、先日とある所で、精神障害当事者同士で「リカバリーってなんだろう」ということについてみんなで(12名くらいだったかな?)話す機会に恵まれました。

その場では「(教科書的には、または研究などでは)リカバリーは○○○○と言われたりしています」…といった話が登場しない場で、当事者だけでああでもない・こうでもないと意見交換したり、時に静かな時間が流れたりして、とても心がホクホクする温かい時間でした。

みなそれぞれにリカバリーさせたい事や、望む方向があると思うのですが、他の誰かの考えを聞くことを通じて、私自身もいま自分が思う方向性ってどこだろう…?と、自分の心の声に耳を澄ませてみる勇気をもらえた気がしました。

私自身が、はじめて「リカバリー」という言葉を精神保健分野の文脈において聞いたのは、2009年だったと記憶しており、当時通っていた精神科デイケアの中での出来事でした。そして2009年は、認定NPO法人コンボさんが、リカバリー全国フォーラムの第1回を実施した年でもあり、日本においてまさにリカバリーの風が吹いた(当時はそよ風では無くて、突風が如く)頃でもあり、こうして振り返ると時代の波の恩恵を多分に受けたと感じています。

2009年から今日に至るまで、気がつけばリカバリーの言葉が沢山行き交う世界に身を置いてきたように思います。それはとても心躍る経験でワクワクしたり・ドキドキしたり…。時に息切れすることや、リカバリーってもういいよ…なんだか疲れたな…という時もありました。それでも、いまもまだ、皆でリカバリーって何だろう?という話題がでる場に身を置かせて頂いています。

リカバリーという言葉や概念、考え方に出会った時の自分の願いや想いと、いま思うことは少しずつ変化をしてきていると思うのですが、みんなで色々と言葉を交わしたあとに、自分の手元に書いたメモは「(いまの私にとって)リカバリーは自分をゆるすこと」と書いたのでした。書いてみて、ああこれは2009年当時の自分には書けなかった言葉だっただろうな…という気持ちが湧いてきました。

みなさんにとってのリカバリーはどんなものと言えそうですか?いつか聞かせてくださいね^^

先日、出かけた九州でのクリスマスツリー。キラキラ~☆


(つぶやき人:りえちん)


2025年12月8日月曜日

【9日目】忘れてしまう

 すっかり月曜日を忘れてしまったみどりんです。

だいぶ遅ればせながら、あとから追加で載せさせていただいております。

 

2025年下半期、こういった「忘れる」ということが増えていました。少し心配になるほどに。もともと忘れっぽいところはあると思うのですが、よりよりということで、少し頭が忙しすぎてキャパオーバーになっているようです。

 

忘れたことに気づくとき、比べてはいけない、と思いながらも周りのみなさんと比べてなんでこんなできないんだろう、だめなんだろうと落ち込んでしまいます。でも、落ち込んでも何か解決するわけではない。

 

必要なのは、わたしのキャパはこの程度なのだと認めて、業務量を調整したりしっかり睡眠をとったりしないといけないのだろうと頭は理解しています。人生40年以上続けていますが、最適な暮らし方を一生模索しているような気がします。

 

そんな自分も受け入れながら、今日もできることをひとつひとつ、していきたいと思います。

 

つぶやきびと:みどりん