2022年4月14日木曜日

ピアスタッフの為の小さな継続学習会(6)

 9月から学習会を始めました。私たちも試行錯誤の手探り状態でまずはお試し的な意味合いも含め、当面はクローズで実施の予定です。

しばらくこの試みをやってみた後に、参加者を募って学習会を開けたらと考えており、現在はその準備も兼ねているといった感じです。参加希望の方には大変心苦しいですがご案内が整う時期がきたら、しっぷろWEBサイトにて案内するように致しますので何卒よろしくお願い申し上げます。

第6回学習会(勉強会)を2022年2月20日(日)に行いました。この学習会は、ピアサポートワーカーとして働くことについてなどをコツコツと学ぶための学習会をまずは小さいサイズの固定メンバーではじめてみよう、ということではじめました。内容について知りたい方もいらっしゃるかもと思い、少し共有させていただきます。


この日は、

  • 参加者同士の自己紹介

  • 学習内容

  • 今日感じたことの分かちあい & 今後の予定確認など…をしました 


 
学習会資料

ImROCの「ピアサポートワーカー:理論と実践」(5. Peer Support Workers: Theory and Practice) https://imroc.org/wp-content/uploads/2013/06/5ImROC-Peer-Support-Workers-Theory-and-Practice.pdf(2021 .09..25確認 )

(p.8-9) ピアサポートのコア原則 (Box 3: The core principles of peer supportから)


「コアとなる原則」 ⑤ ストレングスに基づく (Strengths based)

ピアサポートには、サポートを提供する人が苦悩の中にいる人と一緒にいることを恐れない関係が含まれます。しかし、それはまた、その苦悩の中に可能性の種を見出し、その種が成長するための肥沃な土壌を作ることでもあります。それは、その人が自分の経験から何を得たのかを探求し、その人の資質や資産を探し出し、実は成し遂げてきたことを明確にし、小さな一歩を踏み出したように見えることをお祝いすることです。

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テーマに基づいた今日の対話

  • その人の強みを見つけられないと思ってしまう時があってそんな時に、一緒にいると自分が苦しくなる。ストレングスを見つけるというのを、頭ではわかっていても、そうじゃない視点になっちゃう時があって。意識しないとその人の強みから接するということがどうしてもできなくなったり。ああ…、自分ができてないと思って。こういうところ素敵だよね、って思える人とのやりとりはすごく自然にできるのに。

  • (今回参考にしている資料の)ピアサポートの原則の中に、「ストレングスに基づく」というのがあることがよくわからない。自助グループとか友達同士の関係や、やりとりでストレングスを意識することはないなぁと思って。自然に感じるものであって、意識するということは人生の中であまりないなと。むしろ、知らない人とかと接するときには、ストレングスを見つける努力をしないとうまくいかないところがあるのかな、と思って。ピアサポートとの関係は?? べてるでは「弱さを絆に」と言っていて、弱みのところでつながっている。 ストレングスについて、支援の現場では必要な要素だとは思うけれど、ピアサポートでは??(ハテナ)と思ってしまう。ピアサポートワーカーだから大事な項目ってことなのか? 普通に生きているぶんには苦手な人と付き合わなくていいじゃん、というのが普通の感覚だと思うけれど、苦手な人と向き合わざるを得ない関係にいるから「ストレングス」の考え方が必要なのかなと思って。

  • これはそうだよなぁと思って、これは(ピアサポートは)医療とは違うんだよなということを言いたいのではないかと思った。ここが欠けているとか、この疾患があるとか、そういう評価からはじまることじゃないんだよということが言いたいのかなと。

  • その人の中で見えること…。他の職員に「あの方、具合が悪いみたいだからいまは来てもらわない方がいいんじゃないか」と相談されたことがあって、でもそういう風に扱われちゃうんだというのもショックで。いつもだったらそういう人じゃないのもわかっているけども、でもその方から矢が放たれているように感じるとそうなることがあるなと。でも本人が伝えてくれたことは、いつもだったら言わずにいたことも言ってくれたんだなと思ったり。医療の中だと「具合悪いからね」で終わってしまうことがあるなと。ストレングスと関係あるかもなと思って。

  • 嫌い、と感じるのとは違うかもしれないけれど、上手くいかないこともある。利用者さんから誹謗中傷を受けたりすることもある。そこまでされると、自分たちのできることを超えていて、法的手段をとるかどうかみたいなことにもなってしまい、ピアサポートをこえている。ある程度の支援関係の中でやっているので、それを超えて暴力があるとかだと、法的なところに相談したり。そういうオプションがあるとわかったから、精神的に楽になった。どこまで引き受けたらいいのだろうというのがわからなかったから。いわれのないことを言われたときに、それを受けるものではない、ということを言えて、何でもかんでも引き受けるのが私の仕事ではないとわかったのは楽になった。でも嫌いにはならなかった。怖くはあったが、興味は抱いた。引き受けなくてもよいことがはっきりしたのはホッとした。私の場合は、ストレングスがあるから安心するのではなく、自分はここが怖かったんだなと気づくことで安心できた。〇〇〇なので〇〇〇しているのでは、ということは、言語化して言わないと、ほかの人はわからず、その人の課題として言い続けてしまうので。その人のいいところを見つけて言うのは、他の職種に言うためなのでは。自分と相手だけだったら、自分の中にあって、相手もその人自身が気づけばいいけれど、ほかの人と働くから言語化が必要なのだろう。

  • 苦手、関係作りがうまくいかない利用者さんはいる。自分の病気のことを何かのタイミングでカミングアウトしたら、「スタッフが病気だなんてあり得ない」と言われたり、「病気の人が働いているならここは利用できません」とか、誹謗中傷のメールを頻繁に送られたり。でも最後は仲良くなった。距離をとると少しずつ関係が良くなる人とかもいて。苦手だなと思ったら相手との距離感を調整して、関係が少しずつよくなっていくのを待つというようなことがあったなと思い出した。

  • ストレングスというのは見つけようと思って見つけられるのかなぁ…と思った。接する中で、この人にはこんな側面があって、そういうところ、いいな、とじわじわ湧いてくるモノかなとか。「一緒にいることを恐れない関係性」が大事なのかな。ちょっと踏ん張ればそこにいられるとかなら、その時間を持ってみるということなのかな。「ストレングスを見つける」というのが、その場しのぎな感じが少しする。

  • 自分がいつも「何か違うんだよな…」と思ったのは、無理やり、この人のこういうところがストレングスですよね、って見つけて話すというのがなんか無理やり感があって、先がない感じがあった。インスタントなメガネでも言うか。それだと、「ですね…。」って終わっちゃう感じがしてたけど、その人がこういう風に言ってくれたんだなって思えたら、その人に対する見方が変わる感じがする。新しい見方でその人を見ることができるようになる気がする。その先に発展性が生まれるかとか、本当にそう思えるか、とかが大事なような気がした。

  • ”インスタントなメガネ” の表現おもしろいですね。お互いにインスタントなメガネなことってあるんだろうなと思った。コンビニエンスに、自動販売機のように何かを求めてきている人もいる。そんな時にはそれで問題ないと思う。お互いに知らないことに気づいていく、そういうことの積み重ねでここでいうストレングスを見つけていくんだろうなと。でもお互いにコンビニエンスでない関係って限られている。コンビニエンスで解決できたらそれでもいいような気がする。全部を深めないといけない関係というわけでもないだろう。挨拶するだけでよい人間関係もあるし、教えてもらってありがとう、と気持ちよくなることもあるし。

  • 矢を放ってくれた人が、今思うと、自分にだから、こういう関係だったから言ってくれたんだろうなと、その時は思いつつ、納得はいってなかったけれど、そう言ってくれたのは今となっては嬉しい。相手に対する見方が変わっていくといいなと思った。今までの見方から新しい何かをみつけていくような関係でありたいと思った。

  • ピアサポートワーカーやピアサポートスタッフって、ピアサポートなんだからこうあるべきといういくつかの呪いがありそうな気がする。「ピアの人同士だからわかりあえるでしょ」とか。幻想ですよ!そんなことない(そういう時ばかりではない)、というのがもっと広く知られるとよいのではと思う。この10年くらい、ピアサポートスタッフというような人がいると良いことが起きる、として推し進められてきたと思うので、良い側面を知ってもらえるのは良いなと思うものの、そうじゃない側面も知っていく・共有していくことも大事なのではと思う。自分は周りにこうやって話ができる仲間が居るけれど、ピアサポートスタッフになって、辛い気持ちをひとり抱える人もいるだろうなと。ガス抜きができるとよい。支援職や看護師さん、医師も、患者さんに聞かれたら何か応えないといけないとか、こうしないと、というような呪いもあるだろうと思う。

  • ピアサポートは寄り添わなければならないという呪いが強い気がする。合わない人と頑張らないといけない、と義務のように感じる人は居そう。

  • ピアスタッフといっても、場によって感覚の濃淡がありそう。就労支援、相談支援、計画相談、アセスメント、モニタリングなど様々。

  • 当事者の文化でもだいぶ違う。身体障害領域では、アセスメントをすると言っていた。身体障害領域と精神の領域でも異なりそう。

  • 全ての場所でパワーや知識を同じにするということは無いと言うか難しいと思う。でも安心して良い形でそのパワーやスキルを使えるといい。自分たちにはこういうスキルがあるから、それを使ってくださいね、みたいなパワーを押し付けるのではなく。使う使わないはあなた次第。身体障害領域では、一人暮らしのノウハウなどを先輩という意識で伝えたりしていると思う。対等にハマるとしんどい。そもそも相談に乗っていること自体が対等じゃないなと思う。専門知識に基づいてアドバイスするほうがまだ楽だなと感じる時もある。「どうして元気になったんですか?」「自分も元気になりたいから教えてください」と言われることの方がしんどく感じる。個人的な経験を問われることが、相手にとっては自分の経験や知識がパワーなんだなと気づいた。自分の経験や知識に幻想を抱かれていると思って。そのパワーをいかにして鎮めるか、お互いに病気についてどう考えるといいのかな、ということを話すプロセス。「聞きたいです」と言われるならまだよいのだが「教えてください」と言われると。。。ピアスタッフでいるということ自体、そこの部分は何かパワーだったり権威だったりする。そこは十字架かも。みんなが進みたい先のモデルみたいになってしまっている。そこのパワーをどう消せるか…。

  • (自分の経験について話すときに)それが唯一の答えみたいになってしまうのは嫌なので「私の場合は…」と話すようにしている。

  • 複数ピアサポートスタッフがいれば良いのだろうけれど。。。

  • ピアスタッフは対等だというのがドンと来るとなかなか難しいし、全く対等はそもそもあり得ない。それよりは”出来る限り対等であるための模索”という感じかなぁ。


感想
  • ありがとうございました。対等の話になってしまい、ストレングスから逸れてごめんなさい。色々なお話が聞けてよかった。

  • 対等の話は凄い大事だなと思いつつも、たとえば「あの店いったことある」とか知っているー知らないとかで、知っていることの大きさの違いはその時その時に違う。ストレングスも対等じゃない感じの見方もある。自分が開かれていくための物の見方なのかな~とか思ったりもして、自分が深まった感じがした

  • ひらかれていく、というあたりにちょっとなんだろうと思った。こういう場があることで、助かる気がしている。貴重だなと思った。自分の中での問題解決、最近、セルフコンパッションという本の中に自分なりの答えを見つけた。生存本能。問題を見つけて、解決を見つけるのは、その人が生き延びたいからと書いてあった。今日の話でもいろんなことがすっきりしました。ありがとうございました。

  • 今日もありがとうございました。いろんな話ができて、学びが多かったと感謝しています。ストレングスも、いろんな見方をすることで、いろんな部分がわかったり、自分の気持ちとかいろんなことが深まっていくんだなと感じられた。対等については、考えると心が揺れ動くことがあるのだけれど、相手を一人の人間として大事にしていきたいし、私自身の気持ちも大事にして、お互いに人としての関係を大事にしていけたらよいのかなと思った。

  • 今年はじめてお会いする方も多くてお会いできてよかった。ストレングスについて、自分の見方が広がってよかった。価値観のことを価値観だけで自分で考えているとしんどいので、現場のこともまじえて話をする場は不可欠なのかなと。ImROCの資料を誰かが作っているのだろうが、その意図も知らないでその価値観に合ってるかどうかを考えて働くというのは難しいだろうなと思った。

  • 今日もおもしろかった。いろんな話題が入ってた。ストレングスというテーマではあったが、目の前の人との距離感、目の前の人とうまくやれないことがいっぱいあるということ、現場の話としてもっとしたい。対等ということも、ずっと悩んでいる。もっと話したいと思った。あくまでも話しのきっかけとして素材を持ってきているけれど、日本バージョンがあるといいなと思った。

  
この学習会を含め、2021年度のしっぷろの活動は、「草の根市民基金・ぐらん」様の助成により実現しています。草の根市民基金・ぐらんさんのWEBサイトはこちら → https://citizensfund-grand.org/

2022年3月7日月曜日

「ピア研究者」として歩む

 「あなたはそんな風に僕たちを見ていたのか」。 そのピアスタッフの発言に、壇上の私は凍りついた。3年前、ピアスタッフが集まったある研修で講演を行った時のことである。

演題は「ピアスタッフが活躍する職場」。当時、私は新しい学問領域である「実装科学」(Implementation Science)とピアスタッフの普及・定着を結びつけるアイデアに夢中だった。そこで私は、自信たっぷりにこう発言した。「これからはピアスタッフの効果を検証すると同時に、ピアスタッフの実装・統合に関する研究の発展が必要である」と。講演のあと、参加者からの短い質問の時間に、古くからの知り合いのピアスタッフが手を挙げ、静かに言った。「僕たちは、統合されるような存在なのですか?そんな風に僕たちは見られているのですか?」


しまった、と壇上で自分の失敗に気づくのにそう時間はかからなかった。自分も当事者であるにもかかわらず、仲間を見下したような居丈高な発言を得意げにしてしまった。その質問にどう答えたかは覚えていない。しかし彼のその問いかけのおかげで、のちに私は研究者としての新たな出発点に立つことができた。

 

いま、医療や福祉の実践研究では、エビデンスに基づいた医療や実践、EBMEvidence Based Medicine)やEBPEvidence Based Practices)の研究が盛んに行われている。これらは、ある治療法や福祉実践に対し、いかに普遍的な効果を保証するかという、効果検証の研究である。効果検証の結果、開発されたEBMEBPをどうやって組織に根づかせ、社会に普及させていくかという方策を研究する「実装科学」という研究領域も近年生まれている。効果検証研究と実装研究は車の両輪のようなもので、エビデンス、つまり科学的根拠に基づいた治療法や実践を利用者に確実に届けるためにどちらも不可欠である。

 

研究者の卵である私たち大学院生が、まず最初に与えられる課題は、海外の文献も含めた徹底した先行文献研究である。冒頭の失敗発言も文献研究から出たものであったが、私はその時の失敗を機に先行文献研究をやり直した。それで改めて気づいたことは、まずピアスタッフに関する研究は、実践報告の類の他は、効果検証研究、実装研究に大きく分けられることである。そして次に気づいたことは、ほとんどの研究論文はピアでない専門家の手によるものらしいということだ。

 

考えてみれば、ピアスタッフの「効果」や「実装」という言い方はいかにも専門家目線で、当のピアスタッフの立場からは違和感を覚える言い方に思える。こうした言葉が疑いなく使われているのも、ピア(当事者)の研究者があまりにも少ないことに起因するのではないだろうか。今後ピアの研究者が輩出し、ピアの視点からの研究がもっと増えれば、事態は変わるかもしれない。自分もその小さな一翼を担えないだろうか。こうして、私は「ピア研究者」という自らが歩むべき新たな道を見出した。


とはいえ、自らの手でピアスタッフ研究の時流を変えられるとは私は思っていない。そこはこれからの若いピア研究者たちが考えてくれることだろう。ただ私としては、多くのピア研究者の仲間が輩出してくることを祈って、そのための土壌をささやかに耕せたらいいなと思う。その思いで、日々、学究の道に挑んでいる。



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こんにちは!にしこです。


上にあげた文章は、少し前に、とある会での発表のために作成したものですが、会の趣旨に合わないなと思い、自らボツにしたものです。ですが、せっかく作成したもの、このブログに投稿してみました。


春を迎え、東京は昼間などは、ぽかぽか暖かい日が増えてきました。ですがまだまだ三寒四温の季節。みなさんも体調にお気をつけてお過ごしください。


(つぶやきびと:にしこ)





2022年3月1日火曜日

「ちえぶくろ」、始まります。

 みなさま、こんにちは。

今年もどうぞよろしくお願いいたします、みどりんです。

わたしは1年の中で一番好きな日が「立春」なのですが、今年は余裕がなくてあまり喜ぶことができませんでした。これから明るくなり、お花も咲き、新しいことがはじまる。そんな予感のする春の始まりが好きです。実際に、朝がだんだん明るくなってきたように思います。


さて、はじまりと言えば。しっぷろでも新しいページ「ちえぶくろ」がそろそろ始まります。今日はそのご紹介がてら記事を書いています。


「ちえぶくろ」は、わたしたちがこのピアスタッフに関わる仕事や活動などで出会う言葉についての知恵や情報などを用語ごとにまとめたものです。はじめにお伝えしておきたいのはこれが絶対的な正しい定義を示すものではないということ。わたしたちなりに勉強や探究をして表現を練ってきましたが、わたしたちなり、なのでそこはご理解くださいね。


「ちえぶくろ」のアイディアは、初期の初期にしっぷろサイトで何を展開していこうかという話題の際に我らがにしこさんが下さったもの。わたし自身も精神保健福祉のキーワードに不案内すぎて、みなさんが話している言葉や略語、行政の言葉についていけないことが多々あったため、これは素敵と思いました。わからない言葉って、その場の雰囲気で聞くに聞けなかったり、略語だとどこからどう調べてよいかわからないこともあるのですよね。

構想から1年以上。にしこさん、ながおかもんさんと一緒に「ちえぶくろ」班として活動し、言葉をピックアップし、説明書きの下書きを練り練りしてまいりました。昨年夏頃からはしっぷろメンバーにもたくさんご意見をいただき、ようやく公開に至ります。まだ50語とそう多くはないのですが、これからも少しずつ更新をしていきたいと思っています。

みなさんの旅の途中で、時々役に立つアイテムになったり、暇つぶしになったりするといいなあと希いつつ、みなさんと育ててもらえたら嬉しいと思っています。

みどりん


2022年2月26日土曜日

人生というもの、誰のもの

こんにちは!にしこです。

このご時勢、最近は家でテレビばかり見ています。

先日、NHKの「ザ・プロファイラー」という番組で和田誠さんが取り上げられていました。和田誠さんは日本におけるイラストレーターという仕事の草分けの存在で、2019年に惜しくも亡くなられました。私は和田さんのイラストは目にしたことはあったけど、その生涯はあまり良く知りませんでした。番組を見て、その多才ぶりを知り、びっくりしました。


タバコの「ハイライト」のデザインを手がけていたり、映画「麻雀放浪記」の監督をしたり、「お楽しみはこれからだ」という映画のエッセイを執筆したり、「みんなのうた」の第一話目のアニメーションを作成したり。何より、お金や名声よりも、面白いこと、新しいことを追い求めた人生に感銘しました。


和田さんは静かな性格ながらも仕事には厳しい人だったようです。今では普通になった本の後ろにあるバーコード印刷の導入には反対の立場だったというエピソードが紹介されていました。本の装丁、デザインを汚すという理由からだったそうです。「バーコードが便利なものであるということはわかっている。でも便利が美しいもの、面白いもの、洒落たものを犠牲にしていいのか」と。


あと奥様が料理愛好家の平野レミさんだったことも知らなかったことでした。シャンソン歌手だったレミさんを和田さんが見初めたとのこと。和田さんは静かな人だったのに対し、レミさんはテレビの通り普段も賑やかな人らしいです。若い頃の、お二人の写真、レミさんが賑やかに笑っているのに対し、和田さんが静かに微笑んでいる、そんな感じが仲の良かったご夫婦関係を彷彿とさせるものでした。


番組で、レミさんが和田さんとの思い出を面白おかしく話すのだけど、やはりどこか寂しげで。和田さんが亡くなった後、仕事場の書類の山から、一枚の譜面が出てきたそうです。それは和田さんが作ったレミさんのことを綴った歌でした。レミさんがそれを番組内で歌った時には涙がこぼれました。


レミさんは言います。「私も和田さんの作品のひとつだったかもしれない」と。私はこの言葉を聞いて、ああ、こう言えるのは幸せだなと思いました。自分の人生が、自分のものだけではなくて、人の手によるものだって感じられるのは心が豊かでないとできないことだなと感じました。これはあくまで私の主観ですが、「俺、自分の人生、自分で切り開いてきたぜ」なんて語りぶりの武勇伝がとかく評価されたり、もてはやされがちな気がします。だけど自分の力だけでの人生ってあり得ないと思うから。自分の人生が「大切な人の作品」と思える一生って素敵だなあって思います。


番組を見終わって、そういえば我が家にも和田さんが装丁とイラストを手がけた本があったことを思い出しました。「ポートレイト・イン・ジャズ」という本で十数年以上前に購入した本です。何年かぶりに本棚から引っ張り出してきて眺めてみました。ふと背表紙のバーコードがどうなっているかなとみてみたら、そこはバーコードの部分だけシールになっていて、剥がせるように工夫されていました。和田さんのこだわりに直に触れられた気がして、嬉しくなりました。


ああ、ほぼ番組の宣伝のようになってしまいました。ご容赦、ご容赦。


(つぶやきびと:にしこ)





2022年2月20日日曜日

ピアスタッフの為の小さな継続学習会(5)

 9月から学習会を始めました。私たちも試行錯誤の手探り状態でまずはお試し的な意味合いも含め、当面はクローズで実施の予定です。

しばらくこの試みをやってみた後に、参加者を募って学習会を開けたらと考えており、現在はその準備も兼ねているといった感じです。参加希望の方には大変心苦しいですがご案内が整う時期がきたら、しっぷろWEBサイトにて案内するように致しますので何卒よろしくお願い申し上げます。

第5回学習会(勉強会)を2022年1月16日(日)に行いました。この学習会は、ピアサポートワーカーとして働くことについてなどをコツコツと学ぶための学習会をまずは小さいサイズの固定メンバーではじめてみよう、ということではじめました。内容について知りたい方もいらっしゃるかもと思い、少し共有させていただきます。


この日は、

  • 参加者同士の自己紹介

  • 学習内容

  • 今日感じたことの分かちあい & 今後の予定確認など…をしました 


 
学習会資料

ImROCの「ピアサポートワーカー:理論と実践」(5. Peer Support Workers: Theory and Practice) https://imroc.org/wp-content/uploads/2013/06/5ImROC-Peer-Support-Workers-Theory-and-Practice.pdf(2021 .09..25確認 )

(p.8-9) ピアサポートのコア原則 (Box 3: The core principles of peer supportから)


「コアとなる原則」 ④ リカバリーに焦点をあてる(Recovery Focused)

ピアサポートは、以下のようなことによってリカバリーに焦点を当てた関係を築きます。

希望を呼び起こす…「あなたなら出来ますよ」と言える立場にあり、サポートしている人

の個人的 な信念、エネルギー、コミットメントを生み出す手助けをします。

●個人的なチャレンジのコントロールを取り戻し、自分の運命を明確にするためのサポートを  

します。

●その人が大切にしている機会へのアクセスを容易にし、自分の選んだコミュニティでの役割、 

関係性、活動に参加できるようにします。

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  • コミットメントってなんだろう?
  • 「責任」とか「関わり合い」というのが自分の記憶には残っている。
  • 自分が自信がもてないときは、責任を持てないでいた。
  • 参画することを自分で決める、主体的に関わる感じ。誰かに乗っかってやるとかではなくて、その物事に自分が関わるという意思表示。自分がリカバリーできるとおもって始めて踏み出せる感じ。ビジネスだと、「私も関わる」とシンプルな感じだけど、端っこにいるというよりも主体的に関わるというような。
  • コミットメントを生み出すというのはその人にあるちからを引き出すというか、主体的に歩むきっかけを作るというのが大事なのかなと思った。
  • 責任という言葉があったので他の文章と重ね合わせて考えていたが、「責任」ってどんな時に感じるかと考えた。失敗したときに責任って感じたと思う。失敗を受け入れる前提。失敗が悪だという風習があるが、失敗しないとわからないことがある。
  • 失敗から学ぶことの話を聞いて共感した。病気になってから親がよかれと思ってやってくれたこととか周りが決めてくれたこともあったが、本当は自分の思いと違っていたり自分でやりたかったりしたこともあった。失敗するかもしれないけどチャレンジしたかったことも、周りが転ばぬ先の杖をつくってくれてた。たしかに自分で決めることが怖い時期があったが、失敗しても自分で決めて自分でやってみるって本当に大事。周りの方をみても自分でチャレンジしていずれ立ち上がって頑張っている姿をみるとそう在りたいと思う。
  • 失敗について。とある工程でミスをしたひと(メンバーさん)がいて、ご本人も気づいて、周りも気づいたが、何もなかったように職員さんが失敗を引き受けてやり直したということがあった。その時に不自然に感じたというか、ご本人も失敗したと気づいたが、本人も何も言わず。引き受けた人もそれに対して言及しなかった。すぅっと引き受けちゃうのが不自然に感じた。強く指摘するのも違うかもしれないけど何もないのも。未だに何がどういう声かけがベストだったか考えている。以前いた職場では、失敗についてはあとで振り返ったり、どうすればミスを防げたかを考える時間を持ったりしたが、今回は何事もなかったように終わってしまった。なぜ違和感を感じたのか考えていた。責任を取り上げちゃう感じ。
  • 何が闇に葬られたのかが気になる。何かがなかったことになるのは気になるなぁ。本人を傷つけないように失敗したと思わないようにしたのかなんなのかわからないまま終わった。
  • 希望を呼び起こす「あなたならできます」がないと消えてしまう。言わないとできないと思っているからしょうがないと思ってとりあげちゃう。次も同じことするかもしれない。言えば出来るかもしれないのに、次はできますという機会を奪っちゃう。可能性を小さく見積もっているのが気になった。信じていないように思った。
  • 失敗する権利とか、できる可能性とか奪われてしまった可能性もあるのかなと思った。その方がちょっとしたことで敏感になって通所できなくなるなど今までにあったのかとか背景も気になった。職員間でその方どうなのかとかこれからどうするか等お話したり、本人の思いを聞いたりできたらいいのかなと思った。
  • 自分は作業所で4年くらいクッキーを作っていたが、ほとんどはスタッフが用意して簡単な作業しかしていなかった。楽しかったが、やり甲斐はイマイチだった。先程の話でも、本人がやり甲斐を感じられ、気持ちが作業に乗っていると、失敗したけど頑張れたという実感につながるのかなと思った。
  • スタッフが失敗したくないという枠に入ってしまう。
  • その場に参加をしているが、機会を奪っている感じがある。新たに生まれるその人の価値。
  • 「失敗する権利がある」と支援者が言う時に、ん?と思う。わたしは失敗したくないんだよね、と思ってしまう。今まで散々失敗してきて自信を失ってきたのに、支援者の人にそれを言われたときに、いやいやこれ以上失敗したくないという気持ちになったりする。就職とか面接を受けに行くとか、落ちたとしても失敗する権利があるといわれると。これ以上人生において失敗したくないという反発もある。そんな気持ちになることありますか?
  • 失敗してもいいよ、というのは上から目線感があるように思う。失敗する可能性があるとおもっているんじゃないかとか。自分で「失敗してもいい」と思うのはいいけども。
  • 意図的に失敗させる?ではないけれど、支援者が思っているのと違う方向に行こうとした時に、自分でやってみて失敗から学ぶように、気づきを促すために言ったりするのも気になる。例えば、就労支援において、本人が持っている現状のスキルより求められる条件が高いところばかりを受けたいと言ったとき、支援者は「受けたとしても通らないだろう」と思っている。支援者たちが「落ちることでご本人も気づくよね」というような、意図的に失敗から気づいてもらおうという。気づきを得るためのチャレンジとか、「失敗する権利がある」と言われると嫌だなと思う。挑戦する過程を見ながら、評価している感じ。失敗する権利があるというのは失礼。ご本人が一生懸命考えてチャレンジしていると思うと言えなくなるのではないか。関係性にもよる。自分だったら驚くかもしれない。
  • 失敗していいよ、と、自分が安心したくて言っていることもあるかも。自分の保険のために言ってたり?
  • 失敗する権利と言っちゃうと強いし、上から目線な感じがする。自分には権利があると思うのはいいけれど、失敗してもいいよーと。失敗しちゃったらどうしようどうしようという人に声かけはできるかもしれない。
   
感想
  • あなたならできることを自分の経験からわかっている、など翻訳を変えてみても良いかもと思った。
  • 学習会が始まる時にワクワクしたり。今日も色々学べて幸せだったなーと浸っている自分がいる。今日の学びの中で「失敗」に対する考えや話も聞けて良かった。私は失敗すると落ち込んでしまう。1日の終わりの夜にぐるぐるしてしまうこともあるが、行き着くところは課題を次にいかそうと。失敗してナンボだなと自分に言い聞かせている。
  • 本日もありがとうございました。失敗をキーワードに話ができた。職場で失敗して、これ以上ミスしたくないなと思う状況もあるのだが、その時々の段階によってかけて欲しい声かけって変わってくると思った。過去を振り返って、その時の支援員や仲間からかけてほしい声かけを思い起こしてみたり、今の同僚や上司からどうフォローして欲しいかとか考えると、状況や関係性によって変わってくるのだなと思った。どういう言葉で自分がエンパワメントされるかということが違う。学習会に参加すると、わたしもあたたかな気持ちになるというか、いい感じの自分で終われるので、とてもいい時間を過ごせました。次回もよろしくお願いします。
  • 失敗する権利という言葉が出てきて、本人がいう言葉でひとから言われる言葉じゃないのだとおもった。権利ということがその人に備わっているもので人から言われることじゃない。チャレンジは大事にしていきたいが失敗は大きないたでを負うリスクがあるときに困る。金銭的なダメージとか、怪我を負うとか。転ばぬ先の杖という感じになってしまう。
  • ひとの話をきいて味わって聞かせてもらった。自分の中に湧き上がってくることも大切にしてみんなで共有出来たのも嬉しかった。自分にとってのリカバリーにもなっているのだろうと思う。にしこさん、失敗するからこそ責任に気づいたりする。世の中に「失敗しないので」というひとも責任を感じたりもするでしょうと思ったりしていました。また次回もよろしくお願いします。
  • いろんな人と話して話や価値を交換するっていいなとおもった。そうだよね、と思っても自分がすぐに動けないこともあるんだけど、他の人が動いてくれたり、違和感を感じた時に声をあげてくれる人が居て一緒に考えることができることで深まりが生まれる。なかなか対話をする文化がないけど、あるようになるといいしやっていきたいなと改めて思いました。

  
この学習会を含め、2021年度のしっぷろの活動は、「草の根市民基金・ぐらん」様の助成により実現しています。草の根市民基金・ぐらんさんのWEBサイトはこちら → https://citizensfund-grand.org/

2022年2月11日金曜日

全国ピアスタッフの集いの感想

 こんにちは。かやでございます。

にしこさんに引き続き。

1月30日(日)に開催されました「第9回全国ピアスタッフの集い」に参加した感想を。今さらですが、日記に書くまでが遠足です、と言いますし。


時局柄Zoomでの開催でした。自宅から参加できるところはありがたいけれども、一緒に参加している感じしづらいのは致し方ないところですよねぇ。


かやはスピーカーでもあったので言葉を口にする機会がありましたが、参加者の皆さんは思いを口にできないよなぁとか、小さな規模の分科会とかブレイクアウトルームでできてもよかったのかも、と思ったりもしました。


集いに参加したのは何回目ですか?という問いかけに、参加者がチャットで反応。初めての人もいれば、2度目、3回目だよという人もおられて、フル参加の人もおられたのでしょうね。かやは今回で5回目だったはず。もう少しがんばれば干支一周ですねー。


シンポジウムでは、大石さん、藤原さん、小笠原さんからどんな職場でこんな働き方をしているのかがよく知れて、率直にふむふむなるほど感がありました。かなりやる気出ました。やっぱり現場の話を聞くのは楽しい。


当事者だからこの仕事ではなく、当事者もそうでない職員もみんな同じ仕事をすることが良かったと話されていたのが印象的でした。個人的にはまったく賛成なのですが、世の中には役割分担型のピアサポーターもいるので、どのようにピアスタッフの業務やあり方を整理すると良いだろうかと考えながら聞いていました。


分科会1では、元厚労省障害福祉専門官・現PwCの吉野さん、磯田さんと登壇させていただきました。制度やお金にまつわる議論は、どこにお金がつくのか?という話でもあり、ピアスタッフ業界に関わる人すべてが幸せになれるわけではなく、対象にならない人が出てきますし、対象にしないことの方が良いこともあります。かやからはなぜ制度化が必要なのか?という趣旨でお話しして、論点は示せたのかなと思います。業界として考えていくことができれば。


分科会2では、しっぷろのりえちん、にしこさんも登壇された倫理綱領と業務指針のお話し。必要だろうなぁと思いながら聞きつつ、これがピアスタッフの働き方という明確な合意がないまま議論しても絵に描いた餅でしょうし、倫理綱領がないままも働き方が決まらないことも事実で、にしこさんがおっしゃっていたように鶏か先か、卵が先か問題なのでしょうね。


個人的には、自分たちの業務や対象者の人とのコミュニケーションをふりかえることが不可欠だろうなぁとも思いながら聞いていました。自立生活センターの身体障害者の方や難病相談支援センターで働く難病当事者の相談員とも議論すると良さそうな感じがします。いずれにせよ、いろいろな団体が作ってみることもありなんでしょうね。とてもよい刺激になりました。


ピアスタッフが海のものとも山のものともつかぬ珍しい存在だった頃は、ピアスタッフや精神保健についての問題提起が比較的多かったような印象がありました。第9回目になると報酬体系や倫理綱領など議論して現実に反映しないといけないという空気になっているような気がしました。


とはいえ、磯田さんのピアスタッフになった経緯についての語りを聞いていると、焦らなくてもいい、というメッセージも感じます。


今の仕事を大切にして、来年の集いも楽しみにしています。

2022年2月8日火曜日

ピアスタッフの祭典

こんにちは!にしこです。

先週の日曜日1月30日に日本ピアスタッフ協会主催の「第9回全国ピアスタッフの集い」が開催されました。今日はそのレポートを書き留めたいと思います。いささか遅きに失した感がありますが。


時勢がら、今回はZoom開催となりました。毎年この集いで全国のピアスタッフの仲間と再会したり新しく出会ったりするのを楽しみにしているので、いささか残念。でも開催中止となった去年に比べれば、Zoomでも皆さんとお会いできることに感謝せねば。


しっぷろからは、かやさん、りえちんさん、そして私にしこが発表させていただきました。かやさんが分科会1「ピアサポート加算の現状とこれから」、りえちんさんとにしこが分科会2「一緒に考えよう!ピアスタッフの価値と役割 〜倫理綱領と業務指針に向けて〜」に登壇しました。


参加してくださった方が80名以上もいて、嬉しいことは嬉しいのだけれど、発表する身としてはとてもとても緊張しました。私の出来は自己評価17点くらいかな。100点満点で。他の人の発表は素晴らしいものばかりでした。


この集いの分科会2に参加させてもらって、ピアスタッフの倫理綱領や業務指針は、やはり必要なのかなと思いました。これらがない今の現状では、ピアスタッフの活動の根拠となるものがないわけで、それはピアスタッフという職業の不安定さにつながっていると感じました。倫理綱領や業務指針っていうと堅苦しいけど、これらを作っていく作業は、ピアスタッフが大事にする価値や理念みたいなものを明らかにしていくことらしいと気づきました。一緒の分科会で発表した関口明彦さんの「守らなくてはいけないもの、行動を縛るものではなく、よって立つ拠り所になると良い」(私の解釈が入ってます。関口さん、意味違ってたらごめんなさい)という言葉が印象的でした。


あと残念だったのは、かやさんはじめ分科会1の皆さんの発表が聞けなかったこと。ちょうどその時分科会2の事前打ち合わせをしていたので。


そして、集いにいらしてくれた皆さん、ありがとうございました!来年は対面で開催になるといいな。。、


(つぶやきびと:にしこ)





2022年1月21日金曜日

「パトリシア・ディーガンさんの動画をみる会」に参加しました

 こんにちは。みどりんです。

先日、りえちんがしっぷろメンバーを含めた仲間うちで「パトリシア・ディーガンさんの動画をみる会」を主催してくださり、行ってまいりました。

この動画は日本精神障害者リハビリテーション学会の企画のひとつで、オンデマンド配信になっていたものです。みんな学会に参加はできたものの、オンライン開催だしひとりで観るのも少し寂しいよね・・ということで、企画を立ててくださったのでした。わたしにとってははじめましての方もおひさしぶりの方もいて、ご縁もつながってあたたかな時間でした。そして実は裏テーマがあって、それはりえちんのお誕生日会♪(ぱちぱちぱち)りえちん、おめでとうございます!

改めて、同じタイミングで同じ場で同じものを共有するというのの希少性と、ありがたみをしみじみと感じる素敵な機会でした。(※感染対策は事前に周知しつつ徹底して行いました)


内容は、「わたしのリカバリーストーリー」「リカバリーへの取り組み メディケーションエンパワメント」そして「質問への返答」を少し。色々と興味深いテーマがありました。


わたしが帰り道にぐるぐると考えていたのは、「クリニカル(医療的な)な文化」について。医療専門職たちがいる世界は医療的な用語と医療的な思考とが文化として流れているという文脈でしたが、改めて今の自分はどうなのだろう。いまの自分はメンタルヘルスに関連した現場にいるわけではないのですが、地域の診療所にいます。診療所という意味ではクリニカルな文化が大いにあるのですが、地域のなかにあって地元の話をしたりするような身近な存在でいられるとしたら、クリニカルだけではない関わり合いは割と起こっている気もするのです。とはいえ、やっぱりクリニカルはクリニカルだよなぁ・・とか。

絶対に白と黒という世界ではなく、クリニカル or notではないとは思うのだけれど、わたしはクリニカルクリニカルした人間にはなりたくないなあと思う。じゃあどんな人間になりたいのだろうかと問うと、人間らしくありたいなあと思う。じゃあ人間らしいってどういうのかと問えば、どうなんだろう。人間らしいもひとそれぞれ。だからとりあえず、わたしらしいでいい。でもわたしらしいってなんだろう。。ぐるぐるぐる。

・・・ひとりごちてしまいましたが、こういう思考も、みなでああだこうだ話したからこそ喚起されたものもあります。こういうプロセスを一緒にできるというのはやっぱりいいですね。


いま、しっぷろで定期的に行っている勉強会もそうですが、同じテーマについてみなで味わって対話しあうというのは、ひとりで考えたり鑑賞するよりもよっぽど幅がひろがって深まります。これからもしっぷろで、こういう機会をまた創ったり、シェアをしたりしていきたいと思っています。

改めて、企画をしてくれたりえちん、参加してくださったみなさまありがとうございましたー。今後とも、どうぞよろしくおねがいをいたします。

(つぶやきびと:みどりん)


2022年1月15日土曜日

ピアスタッフの為の小さな継続学習会(4)

 9月から学習会を始めました。私たちも試行錯誤の手探り状態でまずはお試し的な意味合いも含め、当面はクローズで実施の予定です。

しばらくこの試みをやってみた後に、参加者を募って学習会を開けたらと考えており、現在はその準備も兼ねているといった感じです。参加希望の方には大変心苦しいですがご案内が整う時期がきたら、しっぷろWEBサイトにて案内するように致しますので何卒よろしくお願い申し上げます。

第4回学習会(勉強会)を2021年12月26日(日)に行いました。この学習会は、ピアサポートワーカーとして働くことについてなどをコツコツと学ぶための学習会をまずは小さいサイズの固定メンバーではじめてみよう、ということではじめました。内容について知りたい方もいらっしゃるかもと思い、少し共有させていただきます。


この日は、

  • 参加者同士の自己紹介

  • 学習内容

  • 今日感じたことの分かちあい & 今後の予定確認など…をしました 


 
学習会資料

ImROCの「ピアサポートワーカー:理論と実践」(5. Peer Support Workers: Theory and Practice) https://imroc.org/wp-content/uploads/2013/06/5ImROC-Peer-Support-Workers-Theory-and-Practice.pdf(2021 .09..25確認 )

(p.8-9) ピアサポートのコア原則 (Box 3: The core principles of peer supportから)


「コアとなる原則」③非指示的(Non-directive)

精神保健の専門家は、特別な知識を主張しているために、彼らがサービスを提供する人々に「最善の」行動のコースを指示することがよくあります。ピアサポートというのは、(精神保健の専門家が提供する「最善」のサービス以外の)他の専門性に基づく対応をする専門家等を紹介・導入することではありません。

「私にはこれが効いたから、これを試してみるべきです」

…そうではなくて、彼ら(ピアサポートワーカー)は人々が自分のリソースを認識し、自分の解決策を模索することを助けてくれます。「ピアサポートとは、専門家ではないことの専門家であることであり、それには多くの専門知識が必要です」

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  • (説明文の中で)意味が掴みづらいところがあった。

  • ピアサポートというのは、(精神保健の専門家(mental health professopnals)が提供する「最善」のサービス以外の)他の専門性に基づく対応をする専門家等(experts)を紹介・導入することではありません。」とはどういうことなのだろう?

  • 説明文の中にある上のカッコ内を一旦、読み飛ばしてみると少しはわかりやすくなるかもしれないと思った。

  • (指示的な言い方は)余白がないように感じてしまうこともあるかもしれない。「べきだよ」とまでは言わないまでも。(ピアスタッフであっても)暗に指示的な言い方になることもあるかも。

  • 文脈にもよる。緊張した関係であっても、丁寧な言葉でもパワーを感じることもある。

  • とある別のピア関連の研修に以前参加した時、研修参加者の中で服薬の重要性を述べておられた方に出会ったことがある。その方を前にしたときに、別な考えを持っていた自分は少し固まってしまったことがある。

  • 説明文、最下部の「それには多くの専門知識が必要です」というのは、ピアサポートワーカーとしての専門知識が必要という意味なのだろうか?どう読んだらいいのだろう。

  • 専門職のような専門知識ではなくても、ピアサポートにおいても押さえておくポイントはあるような気がする。でもそれを誰かに習うとか、そういうことがある訳でもない……。

  • 専門的な教育を受けた事による知識なのか、それとも経験からの知識のことなのか?どういう意味だろう。

  • ピアサポートワーカーとして大事にすることとかかな?

  • ここで言う、ピアサポートの専門知識とは、もしかしたら熟練とか成熟度とか、そういうニュアンスかもしれないと思った。

  • ピアの成熟度、熟練のものって、研修とかで身につくものなのか?

  • んー。でも研修が全く役に立たないと思わない。研修は考えるきっかけのひとつにもなる。

  • ピアサポートが研修だけで出来るようになるのだろうか?と考えると、ピアサポーターの本質的なところが損なわれる印象がある。ピアサポートそのものは、本来自然発生的にインフォーマルに生まれるものなのに、学問的に知識的に身につけようとすることが相反するようにも思った。

  • そもそも研修ってなんでしょうね。研修ってどのようなことを意味するのだろうか。

  • ピアサポーター養成研修に参加してみると気づきや学び、つながりができて、自分にとっては色んなきっかけになった。研修したから終わりではなくて、実際活動する中でいっぱい失敗したり生の体験をして、ピアサポーターに少しずつなっていくのではと実感している。

  • 研修でピアサポートが身につくか?というと難しいところで、その人にとってのピアサポートが何かということにもよる。自助グループって集団精神療法でしょ?って言われることもある。研修でピアサポートを体感できるかは挑戦したいと思っている

  • ピアサポートに従事するには、スピリッツを育むようなトレーニングとお給料をもらうに最低限社会人として必要のものとの両方が必要になるのではないか。研修といっても幾つかのベクトルがあると思う。

  • いまグルグルしているのは、だとしたら「ピアスタッフ」と名乗れるのは一体誰なんだろう?とグルグル。

  • ここまで色々と考えていたけども、自分は看護師の資格を持っている。資格さえ取れれば良いという人も中にはいるし、お給料のためという人も実際はいる。人と対するという事に愛着を持っていない人もおられる。看護ってなんだろうとか、人との関わりってなんだろうとか、考えていない方もおられるかも。でもさっき出ていた失敗しながら終わりなく学んでいくというのも大事だと思う。スピリッツとスキルを両方育てるのが大事だなと自分も思う。専門職として何を大事にするのか……、そこをどう大事にしながら、学んでいくんだろうなと思う。でもあとから「これがピアサポートか」となることもある気がする。ただただ経験をつめばいいというものでも無さそう。

  • 大事なことを確認するというのは、確かにそうだと思った。ひとりで確認することも出来なくはないけども、研修かとかの場で複数の人と一緒にやることに意味があるのだと思う。みんなで学びあう中で「え!?」思う発言をする人がいることもある。あとから振り返ってあれってどうだったんだろうと考えるきっかけにもなるし、そういう意味でも研修が全く意味がないとは思わない。

  • 研修受けた後に、じわじわと「みなさんがあの時に言ってたのはこういうことなんだ」というのも大事だと思う。スピリッツが無い、なにか大事なものが抜け落ちていることを例えばマシーンと仮に言うならば、マシーンから人間になっていくプロセスがあっても良い。入り口は色々あってよくて、入口が例えば「お金もらって働きたい」という方がいても良く、というかそういう寛容さがあっても良いのでは。そののち、スピリッツが育まれる研修になっていけたらよいのではないか。

  • 自分では自分のことをどこか修行僧のようだと思っている。(学びについての)永遠に終わらない修行をしている感じ。けど、以前ほかの人に探求する学びは嫌ですと言われたことがあった。ライトにインスタント(簡単に身につく)な学びを好む人もいるようだとその時感じた。

  • 「働く」と「生きる」がすごくリンクするなと自分は思うけど、人によっては働くと生きるを切り離している人もいる。決められたぶんだけ働きます、っていう人もいる。資格というか職種となるといろんな人がでてくるだと思った。

  • ナースでも仕事サボっている人が良いという人もいる。マインドとして(情熱を)すごく持っていても仕事としてうまくいかないという人もいるし。想い(情熱)があるばかりに、短距離競走(すぐにバーンアウト)になる人もいる。熱過ぎず適度な距離をもてる方が長距離走れるかも(無理せず長く働くことができる)。利用者さんにとってどちらが良い支援者かとは一概には言えないかもだが。生きると働くを上手にやりくりしている方もいらっしゃる。たしかに。

  • スピリッツとスキルは違うんじゃないかと思う。スピリッツは日頃から出すものではなく、ダークサイドに落ちそうになった時などに活きてくるように思う。例えばいま話題になっている三菱のこととか。組織の生存をとるか、エンジニアのスピリッツを持つか。それを捨てたらエンジニアと言えない気がして。スピリッツというのは生存が脅かされるような状況にこそ生まれてくるような気がする。

  • ピアサポートワーカーと一緒に働く人たちの理解も大事だと思う。ひとりだけで働くことは少ないので、危機に面した時には相談できたりする、ということが大事だと思った。

  • ピアサポートワーカーとして働く時、助けて欲しいと思った時に「助けが必要だ」と言えるかどうかは大事な気がする。ピアの強みのひとつでもある気がする。

  • 「助けて」って言いづらいことが心底染み付いている人たちで、それを知っていることが良い作用になることがある。職場で専門職の人と組んだ際、「困ったらすぐ言えばいいじゃない」と専門職は言いがちだけれど、それは無理じゃないか、と思うことが多い。

  • 困っていることを言えないことを前提に動いているし、困っていると言ってくれたらサポートはできる。しかし困っていると言わなかったらお節介はしない、というのがなんとなくわかっていると安心なのかと思う。助けてっていうのはむずいよねってお互いがわかっているからそれができるかもしれない。

  • 助けられた経験、からだの細胞中で感覚的に得たものがあるからこそ見えるものもあるし、助けて欲しいときに声に出せるちからも大事だと思う。

  • 助けてと言っても、助けてもらえるとも限らない。また助けてと言ってないのに助けられてしまうこともある。「助けあう」に行き着くまでの段階的な前提を、いくつか学べたらよいのかな。

  • 今日のテーマはなんだか全然違う話?になってしまったけれど、今日はここまで。


感想

  • 今日のテーマである「非指示的」に行き着くまでにいろいろありそうだと思った。それもまたいいなあと思った。自分はみんなと話せて満足だったけれども、みなさんはどうだったかな。
  • ピアスタッフたちがコアとするところ、大事にする価値観が人それぞれ違うなと思っている。例えば、服薬の重要性を言う人は、ご自身ではそれが指示的とは思っていなくて。「服薬管理が大事」という自分の経験に裏打ちされた信念は強い気もする。それぞれのピア同士の価値観が違うから、それが研修という場でも出てくる。似たような考えを持った方以外が集まる場では、どんな対話が繰り広げられるのだろう。
  • 勉強になった。ZOOMでいろんな方と繋がって学習会ができるって嬉しいなあと思った。研修の意義のひとつは、経験を飼い慣らす、意図的に関わることを学ぶこと。経験を振り回すと危険なこともあり、自分も周りのひとに「がんばれよ」と言っていたことがある。自分の経験の差し出し方の基礎を学ぶ意義があると思った。回復していく過程の中で自信をもちすぎる段階があるような気がして。過去の痛みが霞んじゃうときがある。
  • 面白かった。自分はできるという感覚って、専門職もあるだろうと思った。仕事でしんどいなと思うのは、たすけてほしいという指示的だと思った。何かのきっかけて非指示的なコミュニケーションによって「なんでたすけてくれないんだ」が変わっていくのかもしれない。そういう経験を言語化することはまだ難しいと思ったりした。
  • ありがとうございました。本当にぐるぐるまだ考えることがある。経験を振り回すという話では、わたしも経験や知識を変に振り回してしまう時代があった。自分の言動がどう聞こえるかを学ぶのは人と関わることを専門とする者にとっては大事なことだろうとおもった。資格があるなし関係なく大事なことなのだと思う。




この学習会を含め、2021年度のしっぷろの活動は、「草の根市民基金・ぐらん」様の助成により実現しています。草の根市民基金・ぐらんさんのWEBサイトはこちら → https://citizensfund-grand.org/


2021年12月25日土曜日

ピアスタッフの為の小さな継続学習会(3) 

9月から学習会を始めました。私たちも試行錯誤の手探り状態でまずはお試し的な意味合いも含め、当面はクローズで実施の予定です。

しばらくこの試みをやってみた後に、参加者を募って学習会を開けたらと考えており、現在はその準備も兼ねているといった感じです。参加希望の方には大変心苦しいですがご案内が整う時期がきたら、しっぷろWEBサイトにて案内するように致しますので何卒よろしくお願い申し上げます。

第3回学習会(勉強会)を2021年11月28日(日)に行いました。この学習会は、ピアサポートワーカーとして働くことについてなどをコツコツと学ぶための学習会をまずは小さいサイズの固定メンバーではじめてみよう、ということではじめました。内容について知りたい方もいらっしゃるかもと思い、少し共有させていただきます。


この日は、

  • 参加者同士の自己紹介

  • 学習内容

  • 今日感じたことの分かちあい & 今後の予定確認など…をしました 


 
学習会資料

ImROCの「ピアサポートワーカー:理論と実践」(5. Peer Support Workers: Theory and Practice) https://imroc.org/wp-content/uploads/2013/06/5ImROC-Peer-Support-Workers-Theory-and-Practice.pdf(2021 .09..25確認 )

(p.8-9) ピアサポートのコア原則 (Box 3: The core principles of peer supportから) 


「コアとなる原則」 ② Reciprocal(互恵性)

メンタルヘルスの専門家と支援する人々の間の伝統的な関係は、専門家(専門職)と非専門家(患者・クライエント)を前提としたものです。ピアの関係は、そのような特別な専門知識を主張するものではなく異なる世界観を共有し、探求し、一緒に解決策を生み出していくことです。

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  • 「伝統的な」という表現に、これまでそのように伝わってきたのだな、ということをイメージ。専門家と非専門家、というのがこれまで伝わってきたんだなということを「伝統的な」という表現から感じた。

  • 「異なる世界観を共有し」…似たような体験をしても違っている、と前回あったが、ここでも似たような経験をしていても世界観は違うんだなと思った。

  • 「探求し」ということを自分は考えてみなかった部分で、探求というところを新鮮だと感じた。

  • 異なる世界観を共有し、ということで互いに異なる視野を共有できたらいいなと思いつつ、なかなかそれに心を開けないときもあって。かといって、同じ世界観の人とばかりつながっていても、狭い感じもする。

  • 互恵性:互いに恵み、互いにいいものがあるというイメージなのだけれど、一緒に解決策を見いだしていくことということが互恵性と少し合わない感じがした。解決策を見いだすことが互恵性なのかな、、、とピンとこなくて。共有と探求は恵みだと思うのだけれど、最後が解決策なのか、、と。

    • 解決策と言ってしまうと、ピアワーカーが引っ張るみたいに思われてしまうかもと思ったけれど、後ろに書いてある一緒に解決策を考え合うとか、共に、お互いのためになることを考え合うというのがあったらいいなと思った。

    • 一緒に考え、生み出していく、というところがポイントなのかなと思っている。手立てがないところから、共に考えて新しく生み出していくというプロセスが、結果的に互いに恵みをもたらすということ、専門知識で何かをということではなくて、というイメージなのではないかと思った。

    • 一緒にひらめいた、みたいな経験がどんな感じであるかなぁと。

  • その結果、互いに恵みをもたらすんだなと思ったら、わかった。一緒にやった結果、違う者同士で良かったね、違う価値観の者同士で、新しい視野が開けた、というのがあってよかった、最終的に恵みをもたらしたね、ということだなと思った。

  • それぞれ、お互いに違うものを調べていて、コラボ!って感じに、いいものを一緒に見つけた経験がある。別にどちらが引っ張ったと言うことでもなく。そういうのがピアサポートの中でもあるかもと思った。

  • 一緒に大掃除をする友達がいる。一緒にと言ってもLINEを繋いでおしゃべりしながら、それぞれの手を動かしながら、大掃除をする。一人ではなかなかできないことも、雑談しながら一緒にだとできる。この感覚。

  • つまり伝統的な関係だけど、何かを持っている人が持っていない人に教えるとか。でもそうじゃない感じのことかも。一緒にいろんなことを持ち寄るっている感じなのかなと今思った。

  • 一緒に解決策を「生み出す」ということは、ないところから作っていくってことなのかな、と。ある企画をするにあたり、上司と話をしながら決めていくのだけれど、こういうときにはあの人にも聞いてみようよ等、考えていることを共有して、一緒に解決策を見いだしたことなのかなと。

  • solutions…、一言で言うと解決策になるのかもしれないけれど、でも向かいたい方向に進むとかそんなこともあるのかな?こうなりたいという方向にむかって一緒にとりくむ、創造するとか?だともっとピアサポート的な感じかな?

  • これどうなんですか?って言われたときに、どうなんでしょうね、って言ってしまう事が多いのだけれど、それは一緒に考えたいね、という意味でそう言っている。対等に、そしてスタッフ然としないかというのをどうやったらできるのだろうと模索している。

  • 「それは辛いだろうねぇ」とか返したら、共感されたいのではなくて明確な指示が欲しかったと言われてショックを受けたことがある

  • どうしようね、どうだろうね、というのは自分もそう言ったりする。自分の経験をあまり言ってしまうと、相手が引いちゃうこととかがあるので、相手に多めに話してもらった後で一緒に考えたいなと思っている。でも、自分ばかり話してしまったり、スタッフという立場があるので相手によっては「スタッフにこう言われた」と受け取られてしまうことも。

  • 明らかに自分と似たような課題を持っている人と、ツールを使ってピアサポートをするというのはやりやすいけれど、それ以外の場合には葛藤も多いなと思っている。

  • 相手の人が異なる世界観を共有したくない、という価値観の場合(共有したい自分と共有したくない相手と)。それもまた異なる世界観なので、難しいなと思った。

  • 怒られちゃったとか嫌われちゃったと思う人と、次に会うときに、また、挨拶をして、それを重ねていくって感じ?

  • この部分をこの人と共有できるかなぁと勝手に思って、「私も似たようなことがあって」と言ってしまったら、相手にとってはびっくりしたことだったみたいで、関係がぎくしゃくしてしまった。このため、次に会ったときに、突然言ってしまってごめんなさいと謝ったら、相手はあっさり、大丈夫ですよと言ってくれたのだが、自分は落ち込んでしまった。人によっては経験を急に言われたらびっくりしちゃうとはわかっていたのに。自分のタイミングじゃなくて、相手のタイミングなんだなと改めて思った。また、関係性ができているという自分の思い込みではなく、相手の様子をとらえて、どの部分なら言ってもいいかなとか、言ったときの相手の様子とかをみないといけないんだなと反省した。

  • いろんなことがあるという覚悟をもつ。うまくいくこと、良いことばかりでもないと思う。

  • 「大きな感情」におびえていないことを表す。

    • とまどっているんです、ということを言っちゃいけないということではないように思う。ゆれました、と言っても良いと思う。

    • 「大きな感情におびえていない」をみて思ったのは、従来は、相手の調子を崩させてはいけないとか、相手の力を見くびるとかそんな風におもった。自分は実はこういう風に思ったんだよねと言えるのかもしれないのに、それを言ってしまうと相手が調子を崩すのではないか、と、専門職側が思ってしまっていたことがあったのではないかと思った。

  • ピアの関係では、世界観を共有できると思う。しかし、共有できないという場合には、ピアとピアの関係ではないのかな、と思った。しかし、そこで共有できないということがあるとしたら、そこを考えることは大事だと思う。

  • 共有したくないと言える関係はすごく大事だと思った。

  • ピアとピアの関係は、人と人との関係に近いものがあると思っている。そういう関係性にあるときは、なんでも話せる。タイミングを見計らわなくてすむ。話したいから話そう、と主体と共に話している感じ。相手もそうだとしたら、今ってつながってるよね、と思う関係がある。

  • タイミングによっては閉ざされることもあったり、開かれたりもあったり。

  • 関係は常に変わるものという前提がある。同じ人との関係であったとしても、上司と部下、とか、ファシリテーターと参加者だったり、いろいろな関係があり得る。その中にピアとピアもある。

  • 異なる世界観を共有することを求めていない人の場合。例えば、こちらがピアの関係になりたいと思っていても、相手はピアの関係になりたいとは思っていなくて、「問題解決をして欲しい」と思っている場合には、ピアサポートは押しつけになってしまう?そんなときにピアスタッフはどうしたらよいのか。

  • ピアの関係にある人からも、問題解決して欲しいと言われることもある。問題解決が悪いわけではない。そのときにはピアとピアという関係ではないとは思うけれど。

  • 時には一緒に生み出すというものではないこともある。いろいろな形があってよいということをお互いが知っていればよいのでは、と思う。

  • ピアサポートの関係やピアスタッフは、いつでもピアとピアの関係でいないといけないとなったらすごく窮屈になっちゃうと思ったので、この話ができてほっとした。

感想

  • 関係が変わっていって良いという話が自分にとってすごくよかったなぁとおもった。共感されたいんじゃなくて指示がほしかったと言われたときにショックだったし、いつも指示する立場だと続けられないなと思ったことがあって。でもいつもその役割じゃなくてもよいと思えてよかった。

  • 最後の話を全て咀嚼できているわけではないが、いつもこうでなければと思ったら、肩の力が入っちゃうけれども、今はこっち、今はこっち、とかスイッチしていけたら、もう少し楽にやれるのかな、と思った。

  • こういう場があって本当にありがたいとつくづく思いました。知っていたことであっても、見えなくなっていたところにスポットライトをあてて見直すことが学びにつながるなと思った。一人ではできないことだと思い、皆でやることが学びにつながる。

  • 皆さんの話を聴いて、なるほどな、と学びをたくさんいただいたし、自分の思ったことを口に出すことで、自分はそういう風に考えていたんだということがわかったり、お話しすることで癒やされたりということがあって嬉しい時間だった。自分がショックを受けたことなども話ができて、これからもいろんなことがあると思うが、また頑張っていきたいなと思える時間だった。

  • 関係性がいつも同じではないというのが、その通りだと思った。実践していく上では絶対にそうなるだろうなと。瞬間瞬間の関係で変わっていく。両方求められるとつらいという話も聞いたりする。しかし現実的に働いていく中で、このような関係だけ、となるのも大変だろうと思っていた。たくさん質問させていただいてありがとうございました。

  • 互恵性ってなかなか難しいと思っていた。支援の場面では、ついつい問題解決を目指してしまったり、先走った支援をしてしまったりしてめげてしまうこともあったが、その時々のタイミングによって、こういった関わり方もある、またこういった関わりもある・・・と流動的に考えて良いのかな、と思えてよかった。その根底に、大事にしているピアサポートの関係があれば良いのかなと自分は解釈した。自分の中で難しいと思っていたことへのヒントをもらえた。





この学習会を含め、2021年度のしっぷろの活動は、「草の根市民基金・ぐらん」様の助成により実現しています。草の根市民基金・ぐらんさんのWEBサイトはこちら → https://citizensfund-grand.org/