2022年12月12日月曜日

16日目:ピアサポート、かみあわないもの

月曜担当のかやです。みごとにすっぽかしてしまいました。すみません><

忙しく余裕がないのもありますし、サッカーW杯にちょっとしたトラウマがあり、体調がよくありません。その昔にサポーターに囲まれて怖い思いをしたこともあって、W杯の時期は緊張しながら過ごしていることが多いです。今季、久しぶりにパニック発作が起きて、なかなか治らないものだと痛感しました。なにしろサッカーの話題から遠ざかって生活することがなかなか難しい。いやはや。


パニック発作のしんどいところは発作自体ももちろんのこと、再び発作になったら、、、という予期不安でしょう。再び発作が起きたら?という怖さは、なかなか経験してみないと分かりづらいものだなぁと思います。似たような経験をしていることで、想像力を働かせやすく、理解や共感しやすいことはあるだろうなぁと思います。よくあるピアサポートの特徴というか効果ですね。


一方で、同じような経験をしているからといって、相手のことを想像しやすいことは全くない、ピアスタッフにとって経験ではなくて当事者という立場が大事なのだ、というピアスタッフも知っています。確かにそこも大事です。


ピアスタッフのよりどころが、経験に根ざす者か、立場に依る者かの主張は、どちらも間違っていないでしょう。でも、間違っていないからどちらも正しいではなくて、どちらをより大事にしたいかは、それぞれ主張する人の思い、意思なんだろうとも思います。


私が今の仕事をはじめた頃は、(少なくとも私の地元では)ピアスタッフには期待もありつつ、専門職と一緒に仕事をすることへの抵抗感や不信感の方が強かったように感じています。ある方からは、専門職と協働して支援するような活動をピアサポートと呼ばないでほしいと言われたこともありました。その後の世相の変化は大きいもので、今では加算になるまでにピアスタッフが注目されるようになりました。


いろいろな人のピアサポートへの思いがせめぎ合い、ぶつかるのでしょうね。だから、かみ合わない。もっと言えば、どんな活動をピアサポートとしたいのか、という意思のあらわれだと感じています。ピアサポートの根底は同じだと信じたいところですが、あやしいかもしれないですよね。それは、どんな人とつながりたいか、気持ちをシェアしたいか、を問うているように思います。


個人的には、パニック発作の予期不安について誰かと話し合えるといい気分になることがあります。人には共感されにくいことを、共感してもらえると素直に安心するし、希望が持てます。