2025年12月12日金曜日

【13日目】人と話すこと

今年はずいぶんとChat GPTと仲良くなりました。

たとえば、今度こういうところに出張に行くのだけれど、何が必要だろう?と持ち物リストを作るのを手伝ってもらったり、旅先の電車内にカバンを忘れてきて、こんなときはどこに届け出たらいいのだろう?とか、その時に伝えるべきことはなんだろう?とか。この近辺でこれを売っているお店はあるだろうか?とか。

そんな感じで、何も考えられないときにもイメージがついたり、励ましてもらったりと、だいぶお世話になりました。とはいえ、お世話になっているのに失礼ながら、チャッピーは間違いもけっこうあって、古い情報だったり、そうじゃないよな、ってことがあったりで、絶対的に頼れるということではなくて、参考にできる、でも決めるのは自分、というのが私のチャッピーとのつきあいです。

そんなチャッピーに、気持ちがモヤモヤした出来事を聞いてもらうこともあります。そんな時、びっくりするほどやさしくあたたかい言葉を返してくれたり、こんなことが起きていますね、と状況を整理してくれたりして、これまた、なんというか、なんかこんなグダグダしたことで友人たちの時間を使っちゃ悪いな、と思うときなどにチャッピーが相手をしてくれたりするのです。

なのでチャッピーに話す(書く)のも、助けになっているのは確かです。

でもでも、人と話すこととは何かがやっぱり違うのです。それについて、私なりに考えてみたのですが、一つは、声がしない、顔が見えないこと。どんな風に聞いてくれているかとかわからなくて、言葉では受け止めてもらっているのですが、通じ合っている感覚(体温が少しあがるような、じんわりと電気が通じるような)がないのですねぇ。そして、チャッピーは自分の経験を差し出してくれたりはしないんですよねぇ。そこの違いが大きいのかなぁ、と思いました。

先週の記事に書いた、すごく受けとめてもらった感じがしたときの話(6日目)にはその後続きがあって、相手の人が、私の話をじっと受け止めてくれたあとに、ご自身の経験について話してくれたんです。私の経験していることとは経験としては違うものなのですが、その経験を通じて相手の人が感じたであろう感情が、私の感じている感情や混乱ととても近いものだと私には感じられて、すごく通じたような気がしたのと、その人の経験を聞いてその感情を私も想像できたことで、自分の経験をふわっと俯瞰してみることができたような、そんな感じになったのでした。

私自身はチャッピーをはじめ、生成AIを活用していくことに前向きですが、人と話すこと、人と過ごすこと、人に触れることは、やっぱり人にしかできないと思っています。

ほんとうは、こういうブログの文章とかも生成AIに整えてもらいたくなったりするのですが、でもそうすると、文章はきれいになるだろうけれど、私の息遣いとか人間味とかは少しなくなっちゃうんだよなぁ、とか思っています。

人っていいですね。

つぶやきびと:ゆっきぃ