2022年3月7日月曜日

「ピア研究者」として歩む

 「あなたはそんな風に僕たちを見ていたのか」。 そのピアスタッフの発言に、壇上の私は凍りついた。3年前、ピアスタッフが集まったある研修で講演を行った時のことである。

演題は「ピアスタッフが活躍する職場」。当時、私は新しい学問領域である「実装科学」(Implementation Science)とピアスタッフの普及・定着を結びつけるアイデアに夢中だった。そこで私は、自信たっぷりにこう発言した。「これからはピアスタッフの効果を検証すると同時に、ピアスタッフの実装・統合に関する研究の発展が必要である」と。講演のあと、参加者からの短い質問の時間に、古くからの知り合いのピアスタッフが手を挙げ、静かに言った。「僕たちは、統合されるような存在なのですか?そんな風に僕たちは見られているのですか?」


しまった、と壇上で自分の失敗に気づくのにそう時間はかからなかった。自分も当事者であるにもかかわらず、仲間を見下したような居丈高な発言を得意げにしてしまった。その質問にどう答えたかは覚えていない。しかし彼のその問いかけのおかげで、のちに私は研究者としての新たな出発点に立つことができた。

 

いま、医療や福祉の実践研究では、エビデンスに基づいた医療や実践、EBMEvidence Based Medicine)やEBPEvidence Based Practices)の研究が盛んに行われている。これらは、ある治療法や福祉実践に対し、いかに普遍的な効果を保証するかという、効果検証の研究である。効果検証の結果、開発されたEBMEBPをどうやって組織に根づかせ、社会に普及させていくかという方策を研究する「実装科学」という研究領域も近年生まれている。効果検証研究と実装研究は車の両輪のようなもので、エビデンス、つまり科学的根拠に基づいた治療法や実践を利用者に確実に届けるためにどちらも不可欠である。

 

研究者の卵である私たち大学院生が、まず最初に与えられる課題は、海外の文献も含めた徹底した先行文献研究である。冒頭の失敗発言も文献研究から出たものであったが、私はその時の失敗を機に先行文献研究をやり直した。それで改めて気づいたことは、まずピアスタッフに関する研究は、実践報告の類の他は、効果検証研究、実装研究に大きく分けられることである。そして次に気づいたことは、ほとんどの研究論文はピアでない専門家の手によるものらしいということだ。

 

考えてみれば、ピアスタッフの「効果」や「実装」という言い方はいかにも専門家目線で、当のピアスタッフの立場からは違和感を覚える言い方に思える。こうした言葉が疑いなく使われているのも、ピア(当事者)の研究者があまりにも少ないことに起因するのではないだろうか。今後ピアの研究者が輩出し、ピアの視点からの研究がもっと増えれば、事態は変わるかもしれない。自分もその小さな一翼を担えないだろうか。こうして、私は「ピア研究者」という自らが歩むべき新たな道を見出した。


とはいえ、自らの手でピアスタッフ研究の時流を変えられるとは私は思っていない。そこはこれからの若いピア研究者たちが考えてくれることだろう。ただ私としては、多くのピア研究者の仲間が輩出してくることを祈って、そのための土壌をささやかに耕せたらいいなと思う。その思いで、日々、学究の道に挑んでいる。



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こんにちは!にしこです。


上にあげた文章は、少し前に、とある会での発表のために作成したものですが、会の趣旨に合わないなと思い、自らボツにしたものです。ですが、せっかく作成したもの、このブログに投稿してみました。


春を迎え、東京は昼間などは、ぽかぽか暖かい日が増えてきました。ですがまだまだ三寒四温の季節。みなさんも体調にお気をつけてお過ごしください。


(つぶやきびと:にしこ)